マタイによる福音書

マタイ165-12

 

イエス様は、「ファリサイ派とサドカイ派のパン種に注意しなさい」と言われました。弟子たちは、パンを忘れた事を注意されたのだと思いました。しかし、イエス様はそれを教えたのではありません。ファリサイ派とサドカイ派の教えに注意しなさい、ということでした。弟子たちは、様々な奇跡を目撃していながら、イエス様の御心を思い起こせなかったのです。ずれがあったのです。

 パン種は、ちよっとパンに入っただけでも、大きく膨らみます。間違った教えも、ちよっと入っただけで、大きな問題になります。大きな問題は、私たちを束縛し、不自由にします。間違った教えは、大きな問題です。ですので、少しのパン種にも注意しなければならないのです。

 どんなときも、イエス様のなさった奇跡を思い出し、そこに焦点をあてましょう。神さまがしてくださった恵みに目をとめていれば、悪魔の誘惑から守ることができます。悪魔は、自分のほうに目を向けるように誘惑してきますから、それに注意しましょう。

 

感想

・弟子たちは、パンを持ってくるのを忘れた。

・イエス様が「パンだねに注意しなさい」と言ったのを、パンを持ってこないからだ、と受け止めた。

・イエス様は、弟子たちが間違った反応をしたため、「信仰の薄い者たちよ」と言い、正しい理解に導かれる。

・パンは衣食住で大切。パンがなければ飢えてしまう。

5000人や4000人に食べ物をあげる大きな恵みを忘れてしまっていた。

・神さまに愛されていると歩き出したのに、困難がやってきて、すぐに神さまの愛を忘れてしまったりする。

・弟子たちは間違いていても、イエス様に導かれて、正しい理解に導かれていく。マルコでは、まだ悟らないのか、と厳しく叱責されている(マルコ821)

・信仰とは、思い起こしていく作業。神さまに与えられた恵みを、思い起こしていく。

 

・パン種に注意しなさいとは、ファリサイ派とサドカイ派の教えに注意しなさい、ということだった。