聖書のお話し


マタイ610 聖書協会共同訳

御国が来ますように。/御心が行われますように/天におけるように地の上にも。

 

 御国が来ますようにとは、お父さんきてください、そして助けてください、ということです。お父さんは、私たちのすぐそばにきて、助けてくださいます。

 そして、お父さんの御心がおこなわれますように、と祈ります。自分の思いではなく、お父さんの御心が行われますようにと、祈るのです。自分が中心ではないのです。あくまでも、神さまの御心が中心なのです。自分でどうにか頑張っていきなさいではなく、神さまが支え、助けてくださって生きよう、ということなのです。

 一人一人が神さまに愛されて、神さまの子どもとされました。しかし、いまだにこの世界では、人の悪口を言ったり、「自分なんてつまらない人間なんだ」と思って、諦め毎日をすごしていまうことがあります。そんな人に、神の御心が一人一人に届きますように、との祈りです。神の御心とは、「一人一人が、神の子としての誇りをもち、希望をもって歩むこと」でしょう。「自分には価値があるんだ」と思ってよいのです。神さまの御心が実現するように、神の子としての使命をはたしてゆきましょう。

 

メモ欄

・「時は満ち、神の国は近づいた」(マルコ115)にあるように、イエスは罪責感を与えて回心させようとはしなかった。福音、良き知らせだけを伝え、回心するのを待っておられる。

・第二の嘆願は、「お父さんは、いつも私たちと共にいてください」ということ。

・御国の到来のしるしとして、マタイは115で「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、規定の病を患っている人は清められ、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。」と知らされている。

・御国が来ますようには、イエスが来ますようにとの祈り。

・イエスは、イエスの方法で毎日来ておられる。私たちのすぐそばにおられる。

・パウロは、1テモテ24で、「神は、すべての人が救われて、真理を認識するようになることを望んでおられます。」と言っておられる。

・人間は自分の思いすら分かっていない。神さまだけが、私たちの心のすみずみまで知ってくださり分かっておられる。

・自分の思いが実現するのではなく、あくまでも神さまの御心がなりますように、との祈り

・神さまの御心とは、マタイ18・14では、一人一人を愛しているということ。

「そのように、これらの小さな者が一人でも失われることは、天におられるあなたがたの父の御心ではない。」