マタイによる福音書


マタイ713-14 聖書協会共同訳

「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道も広い。そして、そこから入る者は多い。命に通じる門は狭く、その道も細い。そして、それを見いだす者は少ない。」

 

 狭い門とは、希望を持って生きることです。どんな時も、希望を持つのです。それは、神さまを信頼する、ということです。もう駄目だ、と落胆しなくてよいのです。どんなときも、神さまはわたしたちに希望を与えて下さるからです。希望の反対は絶望でしょう。絶望は、広い門です。絶望しやすい時代になっています。簡単にあきらめてしまうからです。自分はどうせ赦されないんだ、と自分に絶望しなくてよいのです。神さまへの信頼、希望をもってよのいです。

 狭い門とは、山上の説教(マタイによる福音書5-7)全体を、丁寧に読んでいく必要があります。一つ一つの教えの中に、イエスの命の教えが書かれています。それは、裁くための教えではなく、私たちを救うための教えです。

 

メモ欄

・狭い門とは、マタイ520でイエスは、「あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない」と言っておられた。山上の説教全体の事を、狭い門といったかもしれない。

・狭い門とは、敵を愛することであり、富ではなく神さまに仕えることである。

・冨に仕えるとは、自分の力を信じ頼る生き方。神さまに仕えるとは、神さまの恵みに、委ね、求める生き方

・ヨハネ109では、「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる」とイエスは言っている。